無痛性甲状腺炎
無痛性甲状腺炎

「最近、動悸がするし汗をかきやすくなった」「急に疲れやすくなった気がする」
こうした症状を感じてインターネットで検索し、「無痛性甲状腺炎」という病名にたどり着いた方もいらっしゃるかもしれません。
甲状腺の病気は、症状が更年期障害や自律神経失調症と似ているため、ご自身で判断するのが非常に難しい疾患です。特に無痛性甲状腺炎は、治療が必要な「バセドウ病」と症状が酷似しているものの、治療方針が真逆になることもあるため、正確な診断が何よりも重要となります。
この記事では、無痛性甲状腺炎の原因や特徴的な症状の経過、バセドウ病との違い、そして日常生活での注意点について、専門的な視点からわかりやすく解説します。
無痛性甲状腺炎は、その名の通り「甲状腺に痛みを伴わない炎症」が起きる病気です。
通常、甲状腺の中に蓄えられている「甲状腺ホルモン」が、炎症によって甲状腺の組織が壊れることで血液中に漏れ出し、一時的にホルモン値が高くなる状態(甲状腺中毒症)を引き起こします。
この病気は、橋本病(慢性甲状腺炎)をお持ちの方に発症しやすいことがわかっています。橋本病の経過中に、突発的にこの無痛性甲状腺炎を起こすケースが多く見られます。また、出産後数ヶ月以内に発症することも多く、その場合は「出産後甲状腺炎」とも呼ばれます。
無痛性甲状腺炎の最大の特徴は、時期によって甲状腺ホルモンの量が変動し、それに伴って症状が変化することです。一般的に、以下の3つの期間を経て自然に治癒に向かいます。
1
破壊性甲状腺中毒症期(1〜3ヶ月程度)
甲状腺の細胞が壊れ、貯蔵されていたホルモンが一度に血液中に漏れ出す時期です。血液中の甲状腺ホルモン濃度が高くなり、代謝が活発になりすぎます。
2
甲状腺機能低下症期(2〜4ヶ月程度)
漏れ出したホルモンが枯渇し、壊れた甲状腺の修復が追いつかない時期です。今度は逆にホルモン不足の状態(甲状腺機能低下症)に陥ります。
3
回復期
甲状腺の機能が元に戻る時期です。ただし、「中毒症期(高値)→低下症期(低値)→正常」と大きく数値が変動するため、体への負担は小さくありません。完全に正常化するまで、専門医によるモニタリングが不可欠です。
多くの場合は自然に正常化しますが、一部の患者様ではそのまま永続的な甲状腺機能低下症(橋本病の状態)に移行することもあります。
「動悸がする」「痩せる」という症状は、「バセドウ病」と同じです。しかし、この2つの病気は原因も治療法も全く異なります。
| 特徴 | 無痛性甲状腺炎 | バセドウ病 |
|---|---|---|
| 原因 | 甲状腺が壊れてホルモンが漏れ出る | 甲状腺を刺激してホルモンを作りすぎる |
| 治療薬 | 抗甲状腺薬は使わない | 抗甲状腺薬が必要 |
| 期間 | 一過性(数ヶ月で自然治癒) | 長期の治療が必要 |
ここが重要です
もし、無痛性甲状腺炎なのに「バセドウ病」と誤診され、甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬)を飲んでしまうと、後の「機能低下症期」に急激な機能低下を招き、症状が悪化してしまうリスクがあります。
そのため、専門機関での正確な鑑別診断(血液検査や超音波検査、場合によっては放射性ヨウ素摂取率検査など)が必須となります。
なぜ突然、炎症が起きるのでしょうか。完全な原因は解明されていませんが、以下の要因が関与していると考えられています。
もっとも多いのが、基礎疾患として「橋本病」を持っているケースです。普段は症状がなくても、潜在的に橋本病の素因を持っている方が発症することもあります。
妊娠中は免疫寛容といって免疫反応が抑えられていますが、出産後に免疫機能が急激に戻る際、リバウンドのように甲状腺への攻撃が起こることがあります。産後3〜6ヶ月頃に「動悸がする」「痩せてきた」と感じる場合、育児疲れではなくこの病気の可能性があります。
インターフェロンなどの特定の薬剤の使用や、季節の変わり目、強いストレスなどが誘引になることもあります。また、花粉症の季節に発症が増えるという報告もあります。
当院をはじめとする専門クリニックでは、以下のような検査を行い、他の病気と慎重に見分けます。
甲状腺の大きさ、腫れ方、血流など甲状腺の内部の状態を画像で確認します。
バセドウ病では血流が非常に豊富(火焔状)になりますが、無痛性甲状腺炎では血流が低下、あるいは増えないのが特徴です。この「血流の見極め」が誤診を防ぐ最大のポイントとなります。
無痛性甲状腺炎は「自然に治る病気」であるため、原則として特別な治療は行わず、経過観察となります。ホルモンを抑える薬(抗甲状腺薬)は使用しません。
ただし、症状がつらい場合には「対症療法」を行います。
名前が似ている病気に「亜急性甲状腺炎」があります。こちらも甲状腺が壊れる病気ですが、最大の違いは「痛み」と「発熱」です。
首の痛みを伴う場合は、亜急性甲状腺炎の可能性が高いため、痛み止めやステロイドによる治療が必要になります。
無痛性甲状腺炎は、数ヶ月で自然に良くなることが多い病気ですが、その期間中は動悸や極度のだるさにより、日常生活や仕事に支障をきたすことも少なくありません。
何より怖いのは、「ただの疲れだろう」と放置したり、似ている病気である「バセドウ病」と誤った判断をしてしまったりすることです。
このような症状にお心当たりのある方は、決してご自身だけで悩まず、専門の医療機関を受診してください。
当院では、甲状腺疾患の専門的な診療を行っております。
血液検査の結果や最新の超音波検査機器を用い、「無痛性甲状腺炎なのか、バセドウ病なのか、それとも他の病気なのか」を迅速かつ正確に診断いたします。
患者様一人ひとりの「今の病期」に合わせた、適切な生活指導やお薬の調整を行い、不安なく回復期を過ごせるようサポートさせていただきます。
「なんとなく首元に違和感がある」といった些細なことでも構いません。まずは一度、お気軽に来院ください。
今はホルモンの嵐が吹き荒れている時期ですが、必ず凪(なぎ)の時期が来ます。お薬でホルモンを抑える必要はありませんが、動悸などのつらい症状を和らげることは可能です。我慢しすぎず、主治医に今のつらさを伝えてください。